11/18土変更 

展示内容物品                  

フズリナ〔大嘉陽〕、ハロビア類、ウミユリ、腕足貝(三畳紀)、アンモナイト、   

ゾウ〔喜屋武岬〕、鹿、キョン〔赤木又〕、猪sp? 、コウモリ、トリ、イルカ、    

サメ類、トビエイの尾棘(大型種)、カエル類、トカゲ、ハブ、ムツアシリクガメsp,   

深海産の貝、油杉(ユサン)の球果と葉、海藻、木の葉、サンゴ、カニ、ウニ、    

浅海の貝、満潮線上の貝(タマキビ科)、カジキの吻、新種のネズミ(長尾巨鼠)   

< デスモスチルス(レブリカ)北海道産 >           

< メノウ化した貝、四放サンゴ 石炭紀USA >          

< ウミツボミ、三葉虫 USA >              

         2003年       

         平成157月26日〜8月31日                

          沖縄市立土博物館 3階  文化センター    

           9時〜夕方5時(月曜日休館)           

                   

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化石のコレクション展示       

眞謝喜一              

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魚類(軟骨魚類)サメ.エイ              

ギンザメ類(全頭亜綱)+サメ.エイ類(板鰓亜綱) =軟骨魚類

         コスモポリタン(汎世界的)の化石が多い。      
うきぶくろは無い。腸は短いけど内部は螺旋弁。一部のサメ(胎生 孕む)。

尾びれも脊髄が有る。  肋骨が短く小骨は無い。 一部のサメ(吸水孔)。

臭球が優れている。  肝臓が大きい。尿素で浸透圧の調整(魚は海水を濾した水が必要)

体温が海水より8度位高い。  楯鱗(サメ膚、非常に固い)。   鰓孔は開く。

最古の化石

     ギンザメ目3科31種与那城町照間(発見者 眞謝 2種類)       デボン紀

ネコザメ目1科8種(国内では私の化石が初めて糸満市1972年論文野原 ジュラ紀

カグラザメ目2科5種     与那城町照間の岸にて採集 眞謝喜一   ジュラ紀

メジロザメ目7科208種   大形の凶暴なサメが多い。採集 眞謝    ジュラ紀

ネズミザメ目716種(カルカロクレス.メガロドン発見者眞謝1995年) ジュラ紀

        テンジクザメ目731種     ジンベイザメ科は1種         ジュラ紀

    ツノザメ目474種 深海に小型種が多い(ダルマザメ、発見者眞謝 同定上野)ジュラ紀

   カスザメ目112種       胸鰭が大きくエイに似る         ジュラ紀

ノコギリザメ目15種     照間にて大型種化石を数個発見 眞謝   ジュラ紀

エイ目12科456種      照間海岸より数種類を採集 眞謝     ジュラ紀

淡水湖に棲む不可解なサメとエイ

 中米のニカラガ湖にサメ、ノコギリエイ、ガンギエイが泳いでいると言われています。そこは、第三紀の末期には沈没地帯(地溝帯)で太平洋側の大きな入江でした。マラビオス火山群が噴火し、入り江の口を塞ぎました。海水だった湖は少しずつ水に変わりました。(入り江〔湾〕から大きな湖へ)取り残された生物は、ほとんど死滅したと言われる。私見。サメ.エイが真水に強いのは、初期の軟骨魚類が生まれた所〔河口〕と考えるバンゲア超大陸の大きな河口に脊椎.脊索動物の源があつたのではないでしょうか。河口から上流へ棲みかを換えた肺魚は大陸が分断した南米、アフリカ、オーストラリアへ。河口から海原へすみかを替えたサメ類とエイ類は、世界中の海へ、カラスザメ等は深海に。河口からサメ.エイ類より先に海へと移動した旧タイプのギンザメは絶滅。  

(*河口から上流へ泳ぎ疲れたスプーン型のオタマボヤ類は、流されて海へ。6億年前の事?)

(*河口から海洋に餌を求めた海水魚は、浸透圧の調整のため海水を濾して水を求む。

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魚類(硬骨魚類) 参考用

 ニシン目、ボラ目、フグ目、カサゴ目、ダツ目、メクラウナギ目 などは 硬骨魚類           

世界中の魚(25千種)、 日本及び近海(3600種)     

(うきぶくろ)有る(例外 ノトテニア科ギンムツ〜〜南極大陸周囲の魚)。   

淡水魚  1万種    40%(汽水の魚を加えない)   種の分化現象  

   海水魚 1万5千種   60%  コスモポリタン 広い範囲で活躍の種  

尾びれに脊髄が無い(例外 シーラカンス)。  卵をたくさん産む。        

淡水域のサカナ                            最古の化石

シーラカンス目1種〜2種 インドネシア産sp 脊柱 肉鰭綱 昔は淡水域  デボン紀

オーストラリアハイギョ目1種      脊柱 肉鰭綱 夏眠しない 淡水域 三畳紀

ミナミアメリカハイギョ目2科25種 アフリカ4種  夏眠する 淡水域 デボン紀

ポリプテルス目1科10種  (うきぶくろ左右)呼吸器管 硬鱗  淡水域  

チョウザメ目2科26種 石狩川で産卵したのは、最近絶滅2004年5月27日網にかかる 原始的な魚   三畳紀

               *サメ類ではない (キャビアの原料)

アミア目1種         五大湖、淡水域  硬鱗--円鱗 全骨類    三畳紀

               大きい歯で鋭い    *北九州の白亜紀の地層   

ガー目17種   ガーパイクLepisosteus3m 五大湖 長い吻 全骨類   ペルム紀

コスタニカ、キューバの淡水魚 *北九州の白亜紀の地層   

アロワナ目6科217種  舌に歯がある、皮膚から変化した。       ジュラ紀

          ピラルク(巨大魚)熱帯の淡水  *北九州の白亜紀の地層   

コイ目5科2662種 始新世にアジアから北米へ 南米にはいない。 古第三紀始新世

      ドジョウ科110種    コイ目は(淡水魚)の種類で(トップ)  

淡水域〜海水域のサカナ

スズキ目148科 約1万種    魚の種類(トップ)       古第三紀暁新世

  キノボリウオ亜目 5科81種 淡水(トウギョ科タイワンキンギョ 別名台湾闘魚  

マラリア撲滅のため台湾から沖縄の池や川に放たれた。)

   タイワンドジョウ亜目 1科約21種 淡水域 アフリカとアジアの熱帯魚      

フウセンウナギ目   深海魚 1m以下の奇妙なサカナ           白亜紀  

ネズミギス目3亜目4科35種                       白亜紀

      サバヒー亜目1科1種 ミルクフイッシュ 東南アジアの養殖魚

ギンメダイ目1科5種 日本近海3種    目が青く光る。         白亜紀

キンメダイ目3亜目7科28属約123種  目が赤く光る。         白亜紀

   (参考図鑑 魚の分類の図鑑、上野輝彌.坂本一男著)

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脊椎動物の系統 (魚類)(ホヤ類)参考用  

最古の化石 およそ5億5千万年前〔古生代カンブリア紀の前期〕     

無顎魚類〔オルドビス紀からデボン紀に繁栄〕(頭甲亜綱、翼甲亜綱)、8目、    

棘魚類〔シルル紀初頭〕    鰓弓の骨が顎に変化した?  口辺の軟骨が顎に変化した。

板皮魚類〔オルドビス紀〕 アランダスピス(甲冑魚の化石)『リン酸カルシウムの骨』

   節頸目〔デボン紀後期〕 ダンクレオステオス 10mの古代魚、

              ウロコ(皮歯)は口の周りで大きくなり歯に変化した。

 肉鰓類〔デボン紀中期〕脊柱は円筒、生存2科2種*ハイギョから両生類に進化。

 条鰓類〔ペルム紀〕  ガー目 初期は熱帯の淡水域に棲んでいた。

       (*イクチオステガ両生類〔デボン紀後期〕肺魚の後頭部の一部が鎖骨に変化した。)

メクラウナギ目1科43種〔石炭紀〕無顎上綱 死んだ魚を食べる、尾鰭のみ有る、温帯、

ヤツメウナギ目1科41種〔石炭紀〕無顎上綱 寄生生活、 鰓孔は7対、  寒冷域、

     (*メクラウナギ、ヤツメウナギ以外の魚は顎口上綱顎の有る脊椎動物は(3本の三半規管) 扁平耳石、礫耳石、星状耳石(化石になる)。

  ヤツメウナギは(2本の 規管 )  無顎   蒲焼になる。卵を産むと死ぬ。

    メクラウナギは(1本の 規管 )  無顎   海で生活する。 

 日本産のヤツメウナギは4種類 大型種 カワヤツメ、 ミツバヤツメ、  降海性、

                小型種 スナヤツメ、シベリアヤツメ、  陸封性

 魚類の化石として残る骨は、耳石、歯、咽頭骨が多い。 骨盤に相等する近担鰭骨は、硬いトゲで化石として残りやすく研究をする価値がある。 (生存する最小の脊椎動物は8ミリの魚Pandaka.pygmsea 、メダカの形、ハゼの1種)

脊索動物

     ナメクジウオ 体長5〜6cmの口に顎はない、サカナではない      

     ピカイア (化石) 〔カンブリア紀〕5億3000万年前        

     オタマボヤ類―――――海底に定着しない、  一生脊索を尾部に持つ、  

    *ホヤ類2目15科2300種 定着する、  日本近海に約300種   

シロボヤ(汎世界的)種、スチエラ科、壁性目、ホヤ綱、 尾索動物亜門、 脊索動物門

                         *幼生期に脊索を尾部に持つ、

『エディアカラ動物群』6億年前の脊索動物 2ミリのスプーン型 光を感じ、平衡感覚器が有る。脳と神経の細胞数は300個位。※【ヒトの脳細胞は140億個以上ある。】        

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日本の〔巨獣の化石〕デスモスチルスのみ展示   

参考書物 絶滅した日本の巨獣 井尻正二+犬塚則久著

*デスモスチルス、(北海道岩手県秋田県宮城県富山県岐阜県島根県、)。パレオパラドキシア(東京都富山県石川県福井県長野県岐阜県島根県、)。ベヘモトプス、北海道約2800万年前。*ゴンフォテリウム(4本牙の最古のゾウ)。*マストドン類、 トウヨウゾウ、 アケボノゾウ、 ムカシマンモス、 マンモス、 ナウマンゾウ、 *シガゾウ、 シンシュウゾウ、 ニッポンキリン、 炭獣(原始的なカバ)ワタナベサイ(アミノドン6t)、 コノドン(バクの先祖)、 ニッポンバク、 ヤギュウ、ハナイズミモリウシ、 ヒグマ、 ヤベオオツノシカ、 ヘラジカ、 エンテロドン(背たけが2mのイノシシ型)、マツガエサイ、 カニサイ(テレオケラスの仲間)指が三本、コルンワリウス、 アロデスムス、 ヒラマキウマ(3本指)、 ミノシカ(ツノが無い)、

(沖縄県内の哺乳類化石発見者並び所有者)                       *ゴンホテリウムゾウ(ろく骨 安谷屋昭氏所蔵)、*マストドン類(臼歯10分の1片 発見者安谷屋)、*シガゾウ(ムカシマンモス)リン鉱石の発掘人1940年、ハタネズミ科(M.fortis, M.oeconomus,長谷川)、ノロジカ、   齧歯類レオポルダミス科Leopoidamys〔長尾巨鼠〕N.sp(第一発見者眞謝 赤木又)論文大塚、ワタセジネズミ(化石発見者眞謝具志頭村)、オキナワハツカネズミ;ケナガネズミ(化石発見者眞謝 クルク原)、     大型シカ類N.sp(第一発見者眞謝 石川市山城区南 今帰仁村今泊 今帰仁村の赤木又)、小型キョン類Muntiacus sp(第一発見者眞謝 山城区楚南 今帰仁村の赤木又)マメジカ?(知念村のクルク原検討中)カグラコウモリ;キクガシラコウモリ(発見者眞謝 備瀬の海岸、クルク原)、喜屋武岬のゾウ幼い臼歯(発見者眞謝 糸満市)論文野原マッコウクジラsp(第一発見者眞謝 与那城町照間)同定大塚、 イノシシSus scrofa riukiuanus?(大山盛保1968年)、古いタイプのイノシシ(眞謝 与那城町照間の海岸)

―喜瀬武原の化石出土地域と同時代の地層― 摸式層(長沼町

       A恩納村   売店より北へ30mの川底(貝化石と植物化石)

         B金武町   金武ダムの米軍基地南ゲートより300m北

                    (大きな木材の化石が多い 貝化石なし)

 C:金武町AB間の中間地点、(絶滅種のヒラタザルボウが多い)

 喜瀬武原、石川市山城楚地区のシカ D、久米島の阿嘉層と真謝層、浦添グリーンハイツ、倉敷ダム、与那城町西原恩納村役所の裏手E、山田、オオシツタイ、宇出那覇F,いのがま石灰岩鹿G、福地ダム上流の礫層Hは同じ時代です。 約40〜60万年前(読谷石灰岩の初期)宮城島、本島中南部の高い所の台地地形(段丘)が完成して行く。

(花粉化石とナンノ化石での比較調査を望む)ABCDEFGHは私が第一発見者です。  

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        哺乳類      (化石参考資料図)

 三畳紀2億1000万年前〔哺乳類型爬虫類〕ディキノドン類、ジュラ紀1億7000万年前〔原始哺乳類〕三錐歯目トリコノドン、白亜紀1億年前〔原始食虫類〕、曉新世6000万年前〔食虫性哺乳類〕トガリネズミ型、始新世5500万年前〔原猿類霊長目〕プレシアダピス30cm、中新世2200万年前(有蹄類50cmの5本指ウマ マストドン象)

生きた化石といわれる哺乳類(三種)            

カモノハシ〔原始的哺乳類〕単孔目 卵を産む、後獣下綱 骨盤が無い 体温が低い、    ハリモグラ〔原始的哺乳類〕単孔目、   ツチブタ〔哺乳類管歯目〕1目1種、

分類〔系統〕生物、門、亜門、綱、亜綱、目、亜目、上科、科、属、種、亜種,個々の名脊椎動物門、脊椎動物亜門,哺乳綱,正獣下綱〔白亜紀〕、霊長目〔暁新世〕,真猿亜目

ヒト上科、ヒト科、ヒト属、ザピエンス種、ザピエンス亜種             

原猿亜目(キツネザル、ロリス、メガネザル)夜行性,    下等霊長類、     

真猿亜目 新世界―広鼻猿(オマキザル科、キヌザル科)、 旧世界―狭鼻猿(オナガザル科、ヒヒ科、マカク科)、  類人猿類(ヒト上科)、 尾が有る。昼活動する。

ヒト上科 テナガザル科、オランウータン科(チンパンジー、ゴリラ類)、ヒト科     原猿類(類人猿、ヒト)尾がない。                          

化石の個人所有と公共機関などの所有との違い 私の小言。       

 化石は拾ったり 探したりして手に入れる。(売買や貰う事も有る)土地には所有者あるいは権利者がいます。海山川もそうです。化石はなん万あるいは億という時代の間、土地の下に隠れていました。崖崩れ、洪水、 工事などで化石が現れます。第一発見者が個人の場合には化石はその人のものです。化石に対して地主にはなんの所有意識もなかったからです。貝やドングリを探すのと同じ事なのです。しかし中には貴重な化石発見もあります。(新種の模式標本として,論文記載されると、国際動植物命名規約の勧告に従って、公共の期閑たとえば博物館などに登録保管されます。国内外の研究者に、いつでも責任を持って答えられるようにします。)   

 私は、大事な化石を研究者に渡しました。 長谷川善和、野原朝秀、木村政昭、土肥直美、松岡廣繁、大塚裕之,上野輝彌、昆健志、方へ(順不同、敬称略)我が家を訪れた先生方は他にもおられますけど、省略させていただきます。このたび展示してある化石は一部分、或いはレプリカである事をご了解ください。         

 2002年11月1日水族館オープンの日、内田詮三館長さんと話し合ったハリセンボン科とフグ科の化石100個以上を琉球大学の吉野哲夫先生に託しました。

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沖縄北部や奄美に多くの動物達が大陸から渡った時期

知念砂岩最下部(第四紀早期)と新里層最上部(第三紀後期後半との境(164万年前不整合面 境で礫と軽石を見つけた。基底礫とも言われます。     

             (軽石に含まれるジルコンは年代測定に用いられます。)

164万年前の地層が欠けているので、隆起があつた。 久米島や奄美諸島を含む大きな古沖縄本島で、一時期には大陸と陸続きだったと思われる。 本島では大型の動物化石がないので、それ以後に陸橋があつたと思わない。喜屋武岬の子象化石(乳歯)は近くから黒潮に流されて、那覇石灰岩の中で化石になったと思う。*那覇石灰岩30〜50万年前

        *知念砂岩上部と赤色石灰岩はフィンガー(同時異相)関係にあたる 兼子尚和説。

        *新里層の軽石や杉化石の多い時代の前後から東と西の地殻変動が激しくなる。

40年前の思い出の数々、私が小中学生の時には、馬車が荷を運んでいた。(元コザ市山里桃原は一時期 市内線 青バスもあった)道にはイシグーが敷かれていた。家の近くに採石場がありイシグー〔石灰石〕を生産していた。その砕石場は私が貝を集めるきっかけとなりました。キンチャクガイ、ペクテンなどが沢山取れました。桑江の海から砂をコザ市に運ぶ馬車も多かった。馬車の後方から忍びより、後に乗っては、馬主によく怒鳴られた。やがて私も桑江(謝刈入口)の海に行くようになり、貝を集め始めた。何度か通う内に貝殻マニアになっていた。                             桃原洞窟(入り口は沖縄市)は、北谷中学校の近くにあります。洞窟には遊び仲間と何度も入りました。三番目の広場に降りる入り口には骨が石灰で覆われた所がありました。後にその場所に一人で行き鶴の胸骨化石〈同定 長谷川善和〉を見つけた。しかし、私の手からツルの化石は離れた。 現在その化石の所在は知りません。洞窟探検はとても危険です。

  照間海岸よりイノシシ化石を最初に発見しました。( 2万年前より一桁古いと思われる)それを学会に共同発表するため大塚教授に臼歯を渡した。私は楽しみにしています。よって、他人の【2万年より古い照間のイノシシ化石】論文などを固く禁ず。       

神谷厚昭先生が紹介の平田義浩氏には、私の貝化石の学名を同定させております。

OK運輸大山社長の小動物骨格標本を参考にしました。三名に感謝します。

 私の化石コレクションを展示してくださった沖縄市立郷土博物館の山内館長ならび職員の方々に、ここに記して厚く御礼申し上げます。

      私(個人所有物)の化石関連本から引用をさせております。

      この展示は、小、中学生および高校、大学生のため企画しました。

(写真 図版のコピー、論文発表化石はあらかじめ私の承諾を得てください。)眞謝

ホームページの編集に当たり、種名や誤記等に注意や配慮をしたつもりですが、誤字そお気付きの際はお手数ですが、是非お知らせ下さい.    眞謝、 戻る

貝や化石のコレクションは、一部しか写真がありませんでした。その都度掲載したいと思っています。 
   追加と訂正
  2ページ ノコギリサメからノコギリエイに訂正
 仮 久米島阿嘉層 浦添市元グリーンハイツの年代を約170万年前 に改める。平成17年6月